実家に帰り別居スタート、そして私は精神科への通院

私はやっと実家へ帰る事が出来ました、マザコン男から離れて精神的にもかなりラクになり凝り固まっていた身体も軽くなった気がしました。

そして精神的にもかなり病んでいたので、両親はそれを心配して総合病院の精神科へ私を連れて行きました。失禁はその後数年治りませんでした。

実家での生活はマザコン男と暮らしていた頃に比べたら天国でした、緩やかに時間が過ぎて私は日に日に体調も良くなり気持ちにも余裕が出て笑顔も増えていきました。

リハビリのために家事も手伝い体力の方も徐々に回復していきました、まるで学生時代に戻ったようでこの時は本当に楽しかったです。

結婚してから友人とは遊んでなかったのでこの時期は沢山友人たちと遊びました、マザコン男の監視がないのでよけいに楽しさが倍増していたのかも知れません。

でもゆっくり療養している場合ではありませんでした、実はマザコン男の母親から私の両親に再三電話を掛けてきていたのです。内容はだいたい同じだったみたいで離婚したいなら慰謝料払え!の一点張りでした。

この後もマザコン男の母親と私は電話で何度も口論になりました、離婚の材料にするために電話で話した内容は全部録音していました。録音した内容を文字におこし資料にもしました。

結婚して別居するまで私はマザコン男の母親に対して意見した事はありませんでした、でも離婚すると決意しマザコン男から離れてやっとマザコン男の母親に意見することができたのです。

もう堪りにたまった鬱憤が爆発したかのようでした、しかし人間怒りが沸点にきてしまった時お国言葉が満載過ぎて何を話しているのか分からないと言う状態にもなるので注意して下さい。

マザコン男の母親は宮崎の田舎出身だったので、かなりの率でお国言葉が出てきてましたなので何を言っているのか全然分からない時もありました。

しかし離婚を言い出した方が慰謝料を払わなくていけないなんて聞いたことありません、それに私たち夫婦は結婚年数も一年未満なのに慰謝料も発生する訳がないのです。

不貞行為が離婚原因だった場合は慰謝料が発生するのかも知れませんが、私たち夫婦の離婚原因は不貞行為ではないのだから慰謝料とかの問題ではないと思いました。

マザコン男の母親とは電話で何度もやり取りをしたのですが、マザコン男とは殆ど連絡が取れていませんでした私の方から連絡しても電話も掛かってきませんでしたメールもスルーばかりでした。

私からしてみたらマザコン男の行為は、離婚を先延ばしにする為にわざと無視している様に感じました。

別居中ですが結婚指輪をなかなか外す事が出来なかったのは、別々に生活をし始めて少しだけマザコン男の事が恋しくなっていたからかもしれません。

でも冷静に考えてみるとやはり離婚が正解だとは分かっているのですが、恋愛の矛盾がチラホラ見え隠れしていました。結婚して夫婦になると二人にしか分からない微妙な気持ちがあるものなのです。

結婚生活が短くてもです。